巧みなブログ

国語教育を勉強していた社会人一年目のブログ

アントラーズ・ノスタルジア

アントラーズノスタルジア

鹿島アントラーズというサッカーチームがあります。その昔サッカー少年だった僕も、両手の指で数えられる程度ではありますがカシマスタジアムに観戦に行っていました(最近もたまに観戦に行きますがどうしても行きやすさから首都圏のスタジアムを選んでしまいます)。カシマスタジアムのコートで試合させてもらってこともありましたね、懐かしい。

最近、BGMとしてYoutubeで「鹿島アントラーズ チャント」と検索して1時間くらいの動画を流しながら作業しています。「ロール」とか「ロール3」は特にやる気になります。

 

ここまで書いてようやく本題です。

このアントラーズのチャントを聴くと強烈にノスタルジーを感じるのです。「小学校の通学路」とか「母のカレー」とか、目や舌から故郷の懐かしさを感じることはそこそこ経験があったのですが、ここまで強烈に音から感じることは無かったので大変新鮮でした。

多分、僕の周りの人たちは「地元の方言」とか「地方テレビ局のCM」とかから、この音ノスタルジーを得るんだろうと思うのですが、僕はほとんど地元を出ていないといって差し支えない人生を送ってきたせいか、こういった経験がありませんでした。

 

 

最近、「ずっと地元を出ずに生きてきてこれからも生きていくだろうこと」へのコンプレックス(ふさわしい語彙がないのでとりあえず)というか、「愛知県で生まれて大学進学にあわせて東京に住んで就職で宮城にみたいな人生」を送る人たちへの憧れというかを自分が感じてたよりも強く持ってるんじゃないかと思うようになりまして。

このコンプレックスというか憧れというかがいつも頭の隅にあることで悩むとか、まぁ深刻なことにはならないのですが、「うぇ〜」「だぁ〜」といった気持ちにはなります。

 

この「うぇ〜」「だぁ〜」中に、自分が「小学校の通学路」とか「母のカレー」とかから感じてた懐かしさは、他の人と比べて大したもんじゃなかったんじゃないか…?(他人と比べるものではないんですが)車ですぐ帰れるし…?とかっていう思考になっていたところを、アントラーズのチャントが打ち破ってくれました。

なんでかは分かりません。ただチャントを聞いた時に感じる、当時の記憶と感情とを煮詰めた塊みたいなものは他の人と比べてもなんら遜色のない(しつこいようですが人と比べるものではない)一級品のノスタルジーだと思えました。

コンプレックスアコガレはもう少し抱えることになりそうですが、ちょっと気分が良くなりました。

 

おわり

まとまらないですが洗濯機が止まったのでここまでにします。

ノスタルジー絡みで余談ですが、いきものがかりの「ノスタルジア」はいい曲ですよね。